専門家投稿:北朝鮮が軟化した背景に「マティス発言」への恐怖

 今月 27 日に予定される南北首脳会談と、それを受けた米朝首脳会談に向けて、北朝鮮の核開発をめぐる動きは慌ただしく動いています。

 3 月からの米朝両国の接触の中で、北朝鮮が非核化を話題にする意向を示したことが確認されたようですし、米朝首脳会談の場所をピョンヤンにすることを提案したとも伝えられました。

 しかし、一連の報道を見る中で気になってならないことがあります。北朝鮮は昨年、16 回 19 発(うち失敗または短距離で爆発したものは 7 回 7 発)の弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、9 月 3 日には水爆実験を行い、核保有国であり、大陸間弾道ミサイル(ICBM)も保有したと表明しているのに、今年 1 月 1 日の金正恩朝鮮労働党委員長による「新年の辞」という施政方針演説では、一転して「平和」と南北対話が強調され、父親の金正日朝鮮労働党総書記が掲げていた「先軍政治」に関する文言が、すっかり姿を消していました。それにもかかわらず、その理由を報道したメディアはありません。

 確かに、北朝鮮が進めている「並進路線」、つまり核兵器と弾道ミサイルの開発によって核抑止力を備え、そこで生まれた安全な環境の中で経済建設を進めるということでいえば、既に核兵器と大陸間弾道ミサイルを保有したのだから経済建設を優先する段階に入ったという見方も成り立ちますが、その「核兵器と弾道ミサイル」はあくまでも北朝鮮側の認識であり、主張であって、国際的に通用するレベルの完成度に至っていないのは明らかです。

 それがわかっている当の北朝鮮はなぜ、米朝首脳会談や非核化の協議を自ら提案するまでに態度を変えたのでしょうか。

 それを読み解くカギのひとつは、昨年 9 月 18 日のマティス国防長官の発言に隠されています。この日、マティス国防長官はマスコミに対して「ソウルに被害が出ない形で北朝鮮に軍事力を行使する方法がある」という趣旨の発言をしました。北朝鮮は、この発言に怯えたのです。

 ご承知の通り、これまで北朝鮮に対する先制攻撃は北朝鮮側の反撃によってソウル市民に多大な犠牲が生じることを理由に、不可能であるかのように受け止められてきました。

 北朝鮮は非武装地帯の北側に大規模な砲兵部隊を展開し、300〜400 門の火砲と多数の多連装ロケットによって 50 キロ圏にあるソウルを射程圏内に収め、「ソウルを火の海にする」という能力を見せつけることで、先制攻撃を抑止する態勢をとってきたのです。

 現に 1994 年の第 1 次北朝鮮核危機では、北朝鮮攻撃の態勢をとった米国に対して、韓国の金永三大統領は「受け入れがたい被害が出る」ことを理由に攻撃中止をクリントン大統領に電話で要請、米国が受け入れたことで戦争は回避されました。

 その北朝鮮の攻撃能力を封じ、ソウルに被害が出ないようにするというのですから、それも「はったり」を言わないマティス国防長官の発言だけに、北朝鮮は怯えたのです。

 北朝鮮の攻撃能力を抑え込むためには、指揮・通信のシステムを、それも瞬時に機能しなくする必要があります。これによって攻撃命令は伝わらなくなるし、砲撃しても散発的なものにならざるを得ません。兵器によっては機能しなくなるものもあるでしょう。

 これについては、1)ステルス機からの精密誘導爆弾の投下とトマホーク巡航ミサイルなどによる指揮・通信システムの無力化、2)米国とイスラエルが共同開発し、2010 年にイランの核開発施設を数年にわたって稼働不能の状態にしたスタックスネット(Windows で作動するコンピュータワーム)を高度化したような一種のサイバー攻撃、3)核兵器を使わないタイプの EMP(電磁パルス)兵器、などが考えられます。

 このうち1)は湾岸戦争で、2)はイランの核開発施設で効果が実証されていますが、北朝鮮が教訓に学んで対策を講じていることは間違いなく、確実に機能するかどうか定かではありません。

 そこでクローズアップされるのが3)の非核型 EMP 兵器です。

 米国は巡航ミサイル JASSM-ER(射程 1000 キロ)に搭載する CHAMP(対電子機器高出力マイクロ波発達型ミサイル・プロジェクト)の開発を終了し、実戦配備段階になっていると考えられます。

 そのような電磁パルスは、米国が 1962 年に高高度で行った核実験で観測され、研究が進みましたが、高性能爆薬を用いて磁束を圧縮する爆弾によっても発生させることもできます。

 CHAMP の開発は、イスラエルが 2007 年にシリアの防空システムを空からの電子攻撃によって無力化し、核施設空爆に成功したことを受けて始まりました。2009 年から 3 年間、4000 万ドル(40 億円)の予算で、米空軍研究所、ボーイング、レイセオンが試作品を開発したものです。

 電磁パルス爆弾の効果は全方向へ放射されますが、CHAMP は目標に接近した時に、コンデンサとコイルからマイクロ波のパルスを発生させて目標へ指向し、次の目標へ向かって飛び去って行く形です。

 CHAMP の特徴は、敵の指揮統制・通信・情報処理(C4I)能力を支える電子機器を破壊しつつ、人間の殺傷と周囲のインフラの破壊を避けられることです。敵の司令部や通信・情報処理施設の建物すら破壊することなく、落雷のような電磁パルスを、屋外のアンテナやケーブルから屋内の電子機器に伝え、サージ電流を発生させて破壊する仕組みなのです。

 ステルス性と長い航続距離を備えた JASSM-ER や無人機に CHAMP を搭載すると、敵が作動させずに隠している防空レーダーを探知し、無力化する能力は大幅に向上します。これらのミサイルまたは無人機は、敵のレーダーがありそうな地域の上空に留まり、敵がレーダーを作動させると同時に電波を探知して、レーダーを無力化させることができるからです。

 中国などの長距離地対空ミサイル(例えばロシアから導入する射程 400〜600 キロの S-400)を射程圏外から無力化することもできます。

 同じような原理の兵器は 2014 年のロシアによるウクライナ東部での戦闘でも使われており、北朝鮮が怯えるのも無理はない話なのです。

ーー小川和久

0d6292bc9f1a4ff29aca93773a52bccc_CHAMP.jpg

狙った建物の電子機器を無力化する CHAMP のイメージ図

(米空軍研究所)

83cc48c6a9824bfb82e545249db5910b_CHAMP.jpg

CHAMP 搭載ミサイルの攻撃で停止したコンピュータ

(左は攻撃前、右は攻撃後、米空軍研究所)

51a3405a92cd4b0f9e4b39b6d5791742_AGM158JASSM.jpg

AGM-158
JASSM(統合空対地スタンドオフミサイル)(米空軍撮影)