専門家投稿:米国の戦略爆撃機の実態を知っておこう

 紆余曲折はあったものの、米朝首脳会談への流れが加速されています。北朝鮮側の軟化で軍事問題が大きく取り上げられる機会が減り、そのこと自体は喜ぶべき事だと受け止めています。

 しかし、だからといって昨年のように弾道ミサイル発射と核実験が緊張を高める中で、「書き得」とばかりに飛び交った誤報の数々のことを忘れてはならないと思います。

 新聞を開いた瞬間、「一体どうなっているの?」と首をかしげることが少なからずあります。特に、メディアも、読者も、そして学者も、官僚も、政治家も、十分な知識を備えていない軍事問題では、そうした例が目立ちますし、同じ過ちが繰り返される可能性があるからです。

 代表的なものは、米国の戦略爆撃機に関する誤報かも知れません。

 例えば、3月30日付読売新聞朝刊は、『[防衛新時代]安保法2年』という大型の連載記事をスタートさせました。初回は「日米一体運用を強化」。1面左肩の大きな扱いというだけでも、読売新聞の力の入れ方がわかろうというものです。企画の狙い、タイミングともに適切だと思いましたが、問題は、せっかくの記事に次のような誤報があったということです。

 「安保関連法に基づき初めて実施された『米機防護』の光景だ。B–1はグアムから朝鮮半島に約2時間で飛行でき、精密誘導爆弾を大量に搭載可能で、朝鮮半島有事では主力兵器の一つになると目されている」

 これは明らかに間違いです。まず、戦略爆撃機B–1Bの最大速度はマッハ1.25。これは、航空機の巡航高度である成層圏下部においては毎時1350キロということになります。次に、グアムのアンダーセン空軍基地と北朝鮮の首都・平壌の大圏コースによる距離は3406キロです。仮に、B-1Bが最大速度のマッハ1.25(1350キロ)で飛び続けたとしても「2時間以内」に着くことはできないのです。

 むろん、爆弾やミサイルを搭載した爆装状態で飛ぶわけですから、機内の爆弾倉だけを使う空気抵抗の少ない状態で飛んでも、音速以下の時速1000キロほどで飛ぶのがせいぜいでしょう。北朝鮮上空での作戦行動にあたって燃料に余裕を持たせるため、途中で空中給油もしなければなりませんから、グアムから平壌まで3時間半以上、場合によっては4時間以上を要すると考えるのが自然です。

 読売新聞だけではありません。2017年8月10日付の産経新聞も 「同基地(アンダーセン基地)から朝鮮半島まで2時間弱で飛行」 と報じています。

 誤りの背後にあるのは、信頼できる資料に当たる姿勢の欠如だと思います。メディアの側に情報を読み取る能力さえあれば、例えばウィキペディアの記述からでも適切なデータを選別することができるのですが、そんな能力はありません。そこにおいては、数種類のデータが改修された機材ごとに示されていると、最も高速なデータ(実戦配備されなかった B−1A のマッハ 2.2)をもとにグアム・北朝鮮間の飛行時間を算出してしまったりするのです。ウィキペディアにも 2 時間で朝鮮半島に到達可能との記述があります。

 米国が保有している戦略爆撃機の核攻撃能力の有無、部隊による配備内容の違いなど、少し調べればわかる事柄についても、マスコミは手抜きをしています。

 米国は B−52、B−1B、B−2 という 3 種類の戦略爆撃機を合計 157 機保有しています。

 そして数年前まで、マスコミは 3 種類の戦略爆撃機が全て核攻撃能力を備えているかのように報道していました。

 やがて 60 機を保有する B−1B の核攻撃能力が、ロシアとの間の第 2 次戦略兵器削減条約(STARTⅡ)によって撤去されたとわかると、さすがに北朝鮮を核攻撃するかの報道は影を潜めるようになりました。

 しかし、それでも B−52 については、B−1B から核攻撃能力が撤去されたあとの有力な核戦略の柱として報道され続けています。

 実を言えば、この B−52 についても配備の実態を知らないと、マスコミは誤報を連発することになるのです。

 以下、私の同僚であり、米国シカゴ大学で核戦略を専攻した西恭之博士(静岡県立大学特任助教)が整理してくれた情報をお伝えしておきます。

 米国は現在、87 機の B−52 を保有しています。 このうち、核攻撃任務についているのはノースダコタ州マイノット基地の 46 機だけで、ルイジアナ州バークスデール基地の 41 機は核攻撃能力を撤去されているのです。

 そして、これこそ肝心な点ですが、B−1B と前後して韓国に飛来したり、米韓合同軍事演習に参加してきた B−52 は、バークスデール基地の所属、つまり核攻撃任務についていない機体だったのです。

 イラク戦争で注目を集めた米国の「衝撃と恐怖(shock and awe)」の戦略は、トマホーク巡航ミサイルやレーザー誘導爆弾など精密誘導兵器によるサージカル・ストライク(外科手術的攻撃)で重要目標をピンポイントで叩くものです。

 その任務に就く戦略爆撃機こそ B−1B であり、場合によっては核攻撃任務から外されているほうの B−52 も加わるという形になります。

 そして、これは中国に対する重要なメッセージでもあるのです。中国は 2017 年 4 月、人民日報系の新聞『環球時報』の社説で、米国が北朝鮮を外科手術的攻撃した場合、軍事介入しないとの姿勢を明らかにしました。北朝鮮に手こずってきた中国としては、米国が北朝鮮に陸軍や海兵隊という地上部隊を投入しない限りは、攻撃を許容するラインを明確にしたことになります。

 このようにながめると、朝鮮半島周辺に飛来してきた核攻撃能力を持たない米国の戦略爆撃機は、中国と協力して北朝鮮を抑え込む担保としての意味を備えていた面があるのです。

 むろん、核攻撃任務に就いている B−52 は射程 2400 キロ以上の空中発射巡航ミサイル AGM-86B(5〜150 キロトン水爆弾頭)を搭載可能ですし、米本土ホワイトマン空軍基地を拠点とする 20 機のステルス爆撃機 B−2 もまた核兵器による攻撃能力を備えています。

 このところの中朝首脳会談、南北首脳会談から米朝首脳会談への流れの背景に、戦略爆撃機を巧みに使った米国の戦略的意図が隠されていたことは、知っておいてよいことだと思います。

ーー小川和久