専門家投稿:米朝首脳会談について

 6 月 12 日、シンガポール・セントーサ島のカペラホテルで歴史的な米朝首脳会談が開かれ、朝鮮半島情勢は新たな一歩を踏み出すことになりました。

 合意した内容は以下の通りです。

1)トランプ氏は北朝鮮の安全を保証し、金正恩氏は朝鮮半島の完全な非核化を約束する

2)相互に信頼し、非核化を進める

3)新しい米朝関係を築く

4)平和体制の構築に努める

5)4月の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は非核化に努める

6)両国は捕虜や行方不明兵の遺骨回収に努める

7)米朝首脳会談は画期的で新しい未来を始めるものだと認識する

8)ポンペオ米国務長官と北朝鮮高官がフォローする交渉をできる限り早く開く

 しかし、日本の立場で考えると喜んでばかりはいられません。嫌でも気にしなければならない課題が残されているからです。これを解決しないでは、日本の外交は成り立たないと言えるほどの問題です。

 日本の課題を象徴しているのは、例えば 3 月以降になって急転直下決まった米朝首脳会談などの動きについて、「置き去りにされた」「蚊帳の外に置かれている」「バスに乗り遅れるな」といった言葉が飛び交っていることです。

 米朝のほか、韓国、中国、そしてロシアまでが関わる中で朝鮮半島情勢が動いているというのに、「日本だけが関係のないポジションを取ったままでいてよいのか」「それで拉致問題の解決はあるのか」「仲間はずれにされているのではないのか」という、焦りが丸出しになった日本の世論の状態です。

 このうち特に気になるのは、「バスに乗り遅れるな」というフレーズでしょう。

 世界恐慌の余波がまだ収まらなかった 1930 年代中盤、当時のソ連が進める社会主義とドイツ、イタリアで勃興した国家社会主義だけが不況脱出に成功しているかのように受け止め方が世界に広まり、日本でも同様の全体主義的な「新体制」を求める声が強まりました。

 そして、「いま参加しなければ間に合わない」「取り残される」と政治の背中を押すスローガンとして使われたのが「バスに乗り遅れるな」でした。それが日独伊三国同盟への道を開く結果となり、日本が敗戦への歩みを加速したのは周知の通りです。

 その反省もないままに、この「バスに乗り遅れるな」なるフレーズは、戦後を通じて性懲りもなく使われ続けてきました。

 1990 年夏の湾岸危機の時も、必要な法律や制度の整備すら未着手なのを忘れたかのように、「早く自衛隊を出さなければ米国に同盟関係を解消される」といった言葉が、それも政治家のみならず、外務官僚の口から繰り返し飛び出したのは、多くの国民の記憶に残っていると思います。

 最近でも、2015 年の前半には、中国が設立を宣言したアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加の是非をめぐって、「バスに乗り遅れるな」と煽り立てたマスコミもありました。

 そこで不思議に思うのです。朝鮮半島の平和と安定にとって重要な当事者でありさえすれば、「蚊帳の外に置かれている」といった疎外感や孤立感を抱くことも、「バスに乗り遅れるな」と焦る必要もないはずなのに、どうして日本人は他の国の後追いばかりに狂奔するのでしょう。

 たしかに日本人は、自分から白紙に構想を描くといった戦略的な発想を得意としてはいません。しかし、自分たちから始めることが苦手だとしても、動き始めた朝鮮半島情勢に国益をかけて当事者として関わり、望ましくないと思えばやめるという主体的な姿勢さえあれば、慌てふためく必要などないと思うのです。

 日本政府は、非核化が実現しない限りは制裁を解除することはないとしていますが、同時に拉致問題の解決についても、それが実現しない中では積極的な経済支援などに踏み切れない姿勢も示しています。

 しかし、拉致問題の解決というのは非核化よりもはるかに難しい側面があり、それを理由に北朝鮮への経済支援などに関わらなければ、ますます持って「蚊帳の外」に置かれる道を歩まざるを得ないでしょう。

 そこで、少し頭を使って当事者になることを考えてみましょう。例えば北朝鮮の非核化のプロセスに、資金面だけでなく技術面やマンパワーの面で関われば、拉致問題の解決を同時進行で交渉している中でも、北朝鮮への支援を協力に進める立場を明らかにすることができるのです。

 日米同盟にしても、日本が朝鮮半島の平和にとって当事者であるための重要な条件となります。米国にとってもっとも双務的な同盟国は日本であり、日本なしには世界のリーダーたり得ないことを知っていれば、日本の平和主義に沿う形で米国を動かし、当事者として朝鮮半島の平和の実現に臨むことができるはずです。

 朝鮮半島の平和を視野に入れた日米安保条約は国連憲章のもとにあり、その国連憲章に基づいて国連軍が韓国に司令部を置き、国連軍の後方司令部は東京都の横田基地にあります。日本列島に展開する 84 カ所の米軍基地のうち 7 カ所が国連軍基地に指定され、国連旗が翻っています。その現実をもってすれば、日本は朝鮮半島情勢の当事者であり、そうであればこそ中断している 6 者協議のメンバーだったのではないでしょうか。

 そのように朝鮮半島の平和と安定のために当事者として行動する日本を、北朝鮮、韓国、中国などが軽んじるはずはありません。日朝間の懸案である拉致問題の解決も、当事者でない限り、そして米国任せである限り、解決への展望を見いだせないことは肝に銘じるべきだと思います。

ーー小川和久