専門家投稿

 7 月 10 日、タイ北部の洞窟に閉じ込められていた少年ら 13 人全員が、17 日ぶりに救出されました。この救出作戦に当たったのは、タイ海軍の特殊部隊と海外からのダイバー 90 人でしたが、タイ海軍が公開した動画に「SEAL」という表示があったのに気づかれたでしょうか。

 アメリカ海軍の特殊部隊「SEAL」をモデルにしたタイ海軍の特殊部隊の名前です。陸海空のいずれからでも出撃し、いずれにおいても作戦できるので、Sea/Air/Land を略して SEAL と呼ばれるわけですが、Sleep,
Eat And Live it up(寝て、食って、楽しめ)の略だというジョークもあります。日本では「SEALs」(シールズ)と呼んだりしていますね。

 そこで今回は、本家本元の SEAL について取り上げてみたいと思います。

 ここ数年で SEAL の名前が脚光を浴びたのは、2011 年 5 月 2 日、イスラム原理主義過激派組織アルカイダを率いるオサマ・ビンラディンを、潜伏先のパキスタン北部アボッタバードで殺害したときでしょう。

 厳密にいうと、この作戦を実行したのは「特殊戦開発群(DEVGRU、デブグルー)」と呼ばれる部隊で、SEAL とは別の部隊です。しかし、SEAL の対テロ部隊として誕生した「SEAL チーム6」をルーツとしており、DEVGRU=SEAL チーム6=SEAL という受け止め方が普通になっています。

 チーム 6 は 1980 年、イランでアメリカ大使館人質救出作戦が失敗した数ヵ月後に発足しました。

 本部と訓練場はバージニア州ダム・ネック艦隊戦闘訓練センターにあります。隊員は SEAL の中から募集し、船舶への乗り込みや油井の制圧など、主に海上でのテロ対策任務について訓練を受けます。

 作戦は統合特殊作戦司令部の指揮下で行なわれ、目的地が世界のどこであれ、出動命令から 4 時間以内に出撃可能です。

 チーム6にとって初めての演習は、テロリストに盗まれた核兵器を奪い返すというシナリオで、プエルトリコの 11 キロ東にあるヴィエケス島に隊員 56 人を派遣しました。隊員たちは夜間に航空機から高高度降下・高高度開傘(HAHO)でパラシュート降下し、風上から目標まで 16 キロメートルを滑空し、急襲作戦は大成功を収めました。

 1984年、チーム6の中に『レッド・セル(仮想敵細胞)』という部隊が編成されます。本物のテロ組織のように行動し、海軍や海兵隊の基地、船舶、航空機などについて、テロ攻撃に対する備えができているか、徹底的にチェックするわけです。

 レッド・セルのメンバーは偽名を用い、変装して移動し、武器を持ち込み、目標を偵察しました。ホームセンターで買うか海軍基地から盗んだ材料で爆発物をこしらえ、準備が整うと、基地に脅迫電話をかけ、警戒態勢を高めてから、その裏をかいて襲撃したわけです。このようなテロリストが使う『なりすまし』のテクニックによって警備をかいくぐったレッド・セルの作戦は、ことごとく成功しました。

 有名なケースのひとつは 1985 年 6 月、コネティカット州ニューロンドンの弾道ミサイル原潜基地に脅迫電話をかけ、警戒レベルを高めておいて、なりすましによって侵入したものです。

 横須賀や佐世保もそうですが、原潜が接岸しているときの岸壁には、武装した水兵が 10 メートルおきに配置されます。そんな警備のなか、『シャーウッドの森』と呼ばれるミサイル区画、魚雷、プロパンガスのボンベなどに模擬爆弾を仕掛けたのです。このときは GE のエンジニアになりすましたと言われていますが、原潜の弾薬庫には『爆破に成功!』と大書した垂れ幕がかけられていました。

 もうひとつのケースは 1985 年 9 月初め、カリフォルニア州ポイント・マグー航空基地にレーガン大統領を乗せた大統領専用機エアフォースワンがやってきたときの作戦です。

 このときもレッド・セルは基地に脅迫電話をかけ、警戒レベルを高めておいて、なりすましによって入り込むのに成功しました。

 2 人の下士官が模擬爆弾を積んだ兵器運搬車を大統領専用機の近くに移動し、運転席に発煙手榴弾を仕掛けました。警察の SWAT が使う緊急用トラックにも模擬爆弾を仕掛けることに成功したので、SWAT は脅迫電話の直後の段階で『10 人死亡、10 人負傷』とみなされました。

 このとき SWAT は兵器運搬車に気づき、荷台にあった爆発物の処理にあたりましたが、運転席の発煙手榴弾を引っ掛けてしまい、大統領専用機は兵器運搬車とともに吹き飛んだと判定されたのです。

 しかし、チーム6が侵入に成功するということは、基地司令官など海軍の高級指揮官たちのメンツが丸つぶれになることです。それに、チーム 6 の隊員はほかのチームから引き抜かれた精鋭ですから、SEAL の第 1~第 5 チームからもよく思われていなかったようです。結局、チーム6の指揮官のリチャード・マルシンコ中佐は後ろ盾になっていた海軍のトップが退役したとたんに干されてしまい、軍を辞める結果になりました。

 ここに紹介したエピソードも、退役したマルシンコが守秘義務すれすれのところで著書で明らかにしたもので、実際にはもっとすごい話があるのだと思います。

 私は 2 回、ワシントンのオフィスでマルシンコに会って、電力、電話など重要インフラの防護について意見を求めたことがあります。グリーン・ベレー OB の G 氏と一緒に SOS テンプスという会社を作り、危機管理コンサルタントとして活躍しています。顧客は米政府、外国政府、企業などで、コンサル料は破格とのこと。

 顔一面がひげ。髪はロン毛をポニーテールに結っていて、胸板はあくまでも分厚く、『沈黙の戦艦』のスティーブン・セガールをごつくした感じです。マルシンコ・グッズもあるほどの有名人です。

 今回のタイの救出劇の陰に、ダイバーたちが所属するタイ海軍特殊部隊がモデルにしたアメリカ海軍の SEAL の存在があることは、頭の片隅に置いておきたいものです。

ーー小川和久