専門家投稿:海士時代~よもやま話~

 私の入隊した当時は、志願で入隊する者も少なく、当時の地連 (地方募集連絡事務所) 広報官の募集活動で入隊する者が殆どであった。私が入隊した3月の隊員は、卒見と言われ、高校卒業後直ぐに入隊する者が多く、月に2期入隊し、ほぼ300名近い者が1ヵ月に入隊した。私の同期も144名が一緒に入隊し、4ヶ月半の教育隊での基本教育を終え、終業したのが69名であり、この69名が同期である。この69名の内、定年退官を迎えた者は、私の知る限り、19名と30%以下である。まだ軍隊特有の厳しい体罰等があった時代であり、今の人からは、昔の事を言っても時代が違うと、お叱りを受けそうであるが、全てを否定されるべき事項でも無いように感じている。

 { 私が、海士時代の2月のある寒い日、上陸前に甲板流しを命じられ、分隊の海士総員で実施し、さあ終わるという前に水が切れない状況となり、排水口を確認すると、排水口は襤褸布とガムテープで塞いであり、分隊の甲板海曹助手である3曹から「ご苦労、水はこのまま上陸準備を許可する」「本日は当分隊の海士上陸員の帰艦時刻を 23:00 とする」 これは何かあるな?と感じながらも3日に1度の上陸であるから、いそいそと上陸をし、娑婆の空気を存分に満喫後、消灯を少し過ぎた 22:15 頃に帰艦し、3段吊床の下段で夢の中、04:30 頃枕元で「起きて旗甲板に整列」と悪魔の目覚まし、昨夕の切れなかった水が作ったアイススケート場よろしく、凍った甲板を目にして、地獄の整列が開幕した。凍った甲板上で、下着と作業服を着て整列する海士の前には、防寒ジャンバーを装着し、その上に防寒コートを羽織り、防寒手袋をして、足下に電気ストーブを置きながら、3曹が4・5名、その横に分隊先任海士 (古参の海士長でその場にいた3曹より兵隊の期が上) がおり、ねちねちと、此処数週間の海士の不手際を挙げながら、説教が始まり約 30 分、「上級海曹及び下士官に艦内の雑用や、甲板掃除の時に、水を扱うモップを持たせるとは何事か!」「実の任務に関する仕事が出来ない海士は、気配りし、仕事場の雑用を考えて徹底してやれ!」等、知らない時に、一部の海士が下士官にモップ扱わせた場合も、全て連帯責任、海士全員が弛んでいる、考え違いをしていると、判断される訳である。『海士全員で、一人の人間であり、個人の考えとか理屈は通らない、一人でもおかしな行動をすれば、それが、海士全員の考え行動と見なす』これが、その当時の判断基準であった様に思う。説教の後は、「寒いか?」「はい」「それでは、体を温めてやる!」上半身裸となり、短靴・靴下も脱ぎ、凍った甲板で腕立て伏せの開始である。これが総員起こしの時間 (冬期日課 06:30) まで続き (上級海曹等の睡眠の妨げにならない為である)、やっと整列から解放されたと安心したが、直ぐに、朝の甲板掃除があり、凍った甲板で腕立て等しているので、課業整列 (08:00 自衛艦旗掲揚であり 07:55 整列完了) に、着ていける作業服の状態にないため、我先にアイロンがけ、下手をすると2着貸与されている作業服が、どちらも汚れた状態である者も、そうなると、一人でも点検に引っ掛かる者を出せば、再度整列が実施される。海士総員で、作業服の部分手洗いや、アイロンがけを実施する事 50 分、結局海士総員が朝飯に見放され、昼飯はまだか状態の1日が始まった訳である。(冬期日課は、朝の時間が 30 分短いので対応が厳しい状況となる) }

 我々の時代は、艦内号令で『1分隊海士整列前甲板』『2分隊海士整列旗甲板』『3分隊海士整列操縦室前』等、課業中であれば平然とマイクで流れていたので、艦長以下士官から上級海曹までが、整列があり、体罰や精神注入とされる一寸した暴力があることを了承していた。昭和 50 年・ 51 年と続けて【真夏の上甲板で正座】【自衛官で、行き過ぎた教育】【整列と称した旧軍隊並の制裁】等、新聞に掲載され、流石に艦内号令では流れなくなったが、私が下士官になった昭和 54 年頃までは、まだ頻繁に実施されていた記憶がある。そう考えると、最後の厳しい整列の体験者であるのであるが、「仲間に迷惑を掛けては」「仲間の足を引っ張るのでは」等『自分のとった行動や態度が、仲間の全員の行動あり、態度と判断される。』一蓮托生の厳しさと、重圧は、自然と身についた。その分、仲間内での、お互いに厳しくなる面と、仲間を思いやる情けとやさしさも、大きく成長出来た様に思える。

 今になれば笑い話で話せるし、先輩の意図や、我々に寄せて頂いた期待度も理解できるが、その時点では、なんと理不尽な、無茶苦茶な横暴だと腹を立てていた事も事実である。

 遠い昔の一場面であるが、入隊時の初任給 \29,800、商業高校を出て地方銀行に就職した同級生が初任給 \65,000 の時代に、娑婆から見えない世界で、叩かれ殴られ体罰を受け、それでも、国民の負託に応えるための修行時代と辛抱できたのは、その当時の先輩のおかげであり、何も知らない高卒の卵から、一人前の防人にまで成長する事が出来た。私のモットーである、『信念と情熱』を構築して下さった諸先輩に感謝である。

By:永遠の防人(トワノサキモリ)