専門家投稿:今回のテーマ「伝統精神について~」

 第13弾をもって、『撃ち方止め!』最終にあたり、旧海軍からの【艦船乗員の伝統精神】について、我々がどの様に伝授されたか、記憶にある限りですが紹介する。

 自衛隊が表舞台に出ることは少ない方が良い、まして本来の任務が発動される事は無いことが原則である。だけど、その為の備えは常に必要であり、どの様な場面でも対応する事が、「縁の下の力持ち」に課せられた、最低限の職務である。この伝統精神は、海上でその職責を果たすためには、必要な教えであると思っている。

 まず、海上勤務の特質は、陸上とは趣が大きく違い、修練を積む必要事項が極めて多い事である。柔にして剛・緩にして急を要求される場面が多く、一面矛盾するような所に価値があり、本質を究めるため修練の教本と考える。

 その為の第1【注意力の涵養】注意力というと、一つのことに注意力を集中し過ぎる結果、他のことが疎かになり、危険を招く例が多々あり、海上勤務では分散式での注意力と十分な警戒力を保有せよ。「注意は周密に、思慮を八方に配し、一事に心奪われるな」 

 第2【熟慮断行・即断即決】不断の研究により素養を作り、自信を持って着手の好機を選び、一旦機が熟せば全力を傾注し断行すべし。しかしながら、熟慮する時間のない場面での、大切な決断が多いのが海上勤務であり、即断即決を求められる。即断即決は、常日頃の修練と経験からの自信力があって初めて成し遂げられる事であり、熟慮断行が出来る者にのみ、その資格がある。「善処し得る修練を積み、躊躇逡巡することなく、窮境に陥ることを恥じよ」 

 第3【綿密と大胆】臆病で綿密な計画することは、大切な用件であるが、海上では、気象・海象の自然変化や状況からの推移で、計画の予測に反し、意外な経過をたどる場面がある。如何なる変転万化にも対応出来る準備と覚悟が必要であり、装備機器の善用に務め、目先の状況の変化に応じ大胆にやる。大胆とは、漫然と根拠のない感情で実施することや、無鉄砲に行うことではない。「計画は細心にして、実行は大胆であれ、人事を尽くして天命を待つ心構え」

 第4【沈着と機敏】海上の作業においては、じっくり丁寧にやるよりも、雑でも早くやる方が良い場合が多々あり、ぐずぐずしていると取り返しのつかない事態に陥る事がある。もちろん、踏むべき手順を省略し、常道を脱し、余りにも雑過ぎると、思わぬ災禍を招く事になり、注意は必要である。沈着な判断と、機敏性に対する十分な日頃からの訓練が原則である。「勇断決行」

 第5【慣熟と油断】海上で怪我をしないためには、日頃の苦心と修練で慣熟の域に達することである。しかし、慣れて油断する者に怪我が多く、初心者には過失が少ないのは、経験者でも油断をすれば却って失敗を招くものである証しであり、何事も注意周到に緊張して事に当たり、驕慢を慎み、虚栄心を起こさず、慣れても常に初心者たれ。「天狗は芸の行き止まり、生兵法は大怪我ののもと」 

 第6【実務・理論】実務重視で、経験値を船乗りの常識として、片付ける結果、理論を無視し、実務万能主義に傾くことは、注意すべき点であるが、一方で理論に偏って実務を軽視することは、それ以上に慎むべきことである。海上勤務者は、理論を経とし、経験を緯とし、場面での勘を養い、適切な処置を講じ得る技量の修練が必要である。「実地実物に当たり理論を消化し、理論に従って実務を処理する心掛け」 

 第7【外力の征服】海上勤務者の、特に考慮すべき事項として、外力の影響がある。これを、研究し予測出来なければ、計画も徒労となり、思いも掛けない危険を生起させる。外力とは、風・潮・波浪等自然であり、常に研究し体得に努め、有利に活用する域に達することで、征服し得る信念を持てる事が必要である。「艦艇に乗るより、潮に乗り、波に乗って、風を掴み、看取り稽古と目で操艦」 

 第8【基本的形式と超越】海上作業は、その範囲も広く千変万化するので、一定の方式のみに、限定することはできない。しかし、古くからの経験値により、概ね各種業務には形式がある。平素から、これらの形式の基本を修得し、正しい作業と、安全で効率ある成果を収め、職務を遂行することが原則であるが、状況によっては、一定の方式を外れ、敢行する覚悟と用意とが必要な時もある。「兵に常勢なく、水に常形なし、能く敵に因って変化す。すなわち、当面の状況に即し臨機応変、最善の仕事を達成するに在り」 

 第9【信頼と過信】人と物の二つに関して、部下を信頼することは、大切なことであるが、過信して事故を生起した例は多々ある。物に関しては、老朽化や誤差等の認識不足と、製品や機器装備が進化すればするほど、信頼面が多くなるが、どちらも信頼と過信である。「部下を信頼することは大事であるが、責任者として、自分で物事を確認することが、重要である。任せっぱなしは、過信なり」

 以上の9項目が、記憶の中での、艦船乗員の伝統精神であるが、海上での艦艇生活は、家庭での生活より長く、また、沈没すれば挙艦運命を共にすることであり、使命である海上戦闘は、転瞬の間に戦機を掴むことが必要であり、全員は、指揮官の手足となり、渾然一体の行動を取らなければならない。海軍における上意尊重・統制強固の美点は、この点から生まれ、艦船乗員の伝統精神も運命共同体内の歯車として、幹部から兵に至るまで、艦の安全を確保するための、必須条項であると認識している。

 今、近隣諸国を含む、世界情勢に、不安要素が見え隠れする中、海上防人達は、心して国民の負託に応えよ。平常心を保ち、平時をぼんやり過ごすことなく、危険に遭って泡を喰うことなく、生起した事に狼狽することなく、最善の仕事が出来る集団となり、常に、臆病者で計画し、大胆で淡々と行動する精鋭部隊であれ。

 1年間のご愛読ありがとうございました。

By:永遠の防人(トワノサキモリ)